明(めい)は以(もっ)て秋毫(しゅうごう)の
末(すえ)を察(さっ)するに足(た)れども,
而(しか)も輿薪(よしん)を見(み)ず

 「秋毫」とは秋になって毛先が鋭くなった獣毛のことです。
 獣の毛の先を見ることができるほどの視力を持つのに,車一杯に積んだ薪を見ることができないという意味です。細事に心を奪われて大事なことを見失うことを表しています。

 孟子が斉の宣王に,「たとえ王者が鳥獣にまで及ぶほどの慈悲の心を持っていようとも,それが政治に生かされなければ人民は保護されない」ということを説いたときに引用した言葉とされています。