元(もと)の木阿弥(もくあみ)

 一旦よくなったものが,また元の好ましくない状態に戻ること。せっかくの苦労や努力が無駄になることを表わしています。

 この句の成り立ちには後述のようないくつかの説があります。
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 戦国時代の武将筒井順慶の父,順昭が戦死したとき,嗣子の順慶はまだ幼少だった。順昭は遺言によって自分の死を隠し,声のよく似た木阿弥という盲人を招いて暗い寝所に置き,順昭がまだ病床にあるように見せかけるように命じておいた。その後順慶が大きくなると,木阿弥は元の市人の身に戻った。

 ある人が妻を離縁して出家し,木食の修行をして,「木阿弥」,「木食上人」などと呼ばれて尊ばれたが,年を経るにつれて修行も怠りがちになり,元の妻とも語らうようになったのを,世の人があざけって「元の木阿弥」と呼んだ。

 百姓の木工兵衛が僧に献金をして某阿弥の号を得たが,村人は新しい名で呼ばず,旧名にひかれて「木工阿弥」などと呼ぶため,せっかくの買名の苦労も虚しかった。

 朱色の木椀の朱が剥がれて木地があらわれた意味の「元の木椀」が転じたもの。